デジタル技術の進化によって業務や働き方にパラダイムシフトが起こるなか、組織にとってはそれぞれに対応するための能力が求められています。そのため、社会的な変化に対応するために、注目を集めている項目のひとつがリスキリングです。
この記事では、リスキリングの概要をはじめ、導入のステップやメリットについて解説します。リスキリングについて理解を深め、めまぐるしく変化する時代に対応する能力を身につけましょう。
リスキリングとは
リスキリングとは職業能力の再開発・再教育のことです。経済産業省では「リスキリングとは、新しい職業に就くため、もしくは今の職業に必要とされるスキルの大幅な変化に適応するために必要なスキルを獲得する、あるいはさせること」と定義しており、組織内に点在する業務や、さまざまな働き方に適応するための学び直しを指していることが分かります。
学び直しと見聞きするとネガティブな印象を抱く方も少なくありませんが、デジタル技術の進化にともない、従来の認識や技術では通用しなくなるといったリスクに備える目的があります。だからこそ、デジタル技術を活用した業務・働き方にシフトするため、リスキリングを検討・導入する企業が増加しています。
参考:経済産業省|リスキリングとは―DX時代の人材戦略と世界の潮流
リカレント教育・生涯学習・アンラーニングとの違い
リスキリングと混同されやすいものとして、以下3種の言葉があります。
- リカレント教育
- 生涯学習
- アンラーニング
それぞれの特徴は下表の通りです。
項目 | 特徴 |
リスキリング | ・職業能力の再開発・再教育のこと |
リカレント教育 | ・個人が主体であり、個人自らで学び直しを行うこと |
生涯学習 | ・人生を通じて行われる学習活動のこと |
アンラーニング | ・時代や組織、業務プロセスの変化によって保有するスキル、価値観、習慣などが適さなくなった際、それらを「捨てる」「手放す」「見直す」行動のこと |
リスキリングは主に業務に対する学び直しを指します。デジタル社会に通用する人材となるため、もしくは人材へと育てる目的から、リカレント教育や生涯学習、アンラーニングとは趣旨が異なる言葉であることを押さえておきましょう。
リスキリングが注目される理由
リスキリングが注目される理由はDX推進をはじめいくつかありますが、そのなかでも特筆すべき項目として下記2つが挙げられます。
人口減少に対応するための人材育成
パーソル総合研究所によると、2035年には1日あたり1,775万時間もの労働力不足に陥ることが分かっています。同調査結果は直近の経済成長が将来にわたって推移したことを想定しており変動する可能性はありますが、経済成長や賃金の状況によってはさらに深刻化する恐れがあります。
労働力不足補填のため、企業の多くはデジタル技術の導入・活用が増えていますが、それに伴い懸念されていることが一部の職種における人材過剰です。
三菱総合研究所によると、デジタル技術の活用を通じて人材需給バランスが不均衡から収束に移行しているようにみえるものの、職業別で見ると大きなミスマッチが生じており、なかでも事務職は2030年までに120万人が人材過剰になると予測しています。
現在の業務が失われつつある従業員に新たなスキルを身につける機会を提供し、人材配置の最適化を図る必要性からリスキリングが注目されています。
関連記事:高齢化社会の現状と課題|社会・企業による解決策について解説
出典:三菱総合研究所|大ミスマッチ時代を乗り超える人材戦略 第2回 人材需給の定量試算:技術シナリオ分析が示す職の大ミスマッチ時代2030年の人材マッピング
産業構造やビジネスモデルの転換
産業構造の変化や刷新または真新しいビジネスモデル・サービスの創出に伴い、これまでになかった分野のスキルが求められるようになってきました。こうした背景から、必要なスキルを再習得・再構築するリスキリングの重要性が高まり、注目を集めています。
世界的なDX推進によりデジタル技術を導入する企業が増加していますが、それと同時にテクノロジーを適切に使用するため、IT人材育成・確保を目的としたリスキリングを導入する企業も増えています。
世界経済フォーラムでは、テクノロジーの進化によって2025年までに約8,500万人分の仕事が失われる一方、約9,700万人分の新しい仕事が誕生するとしており、労働者の2分の1相当にはリスキリングが必要との見解を示しています。
また同機関による別の資料では、2027年までに下記スペシャリストの需要は増加すると予測しています。
- AI・機械学習のスペシャリスト:40%増
- データアナリスト・科学者・ビッグデータスペシャリスト:30~35%増
- 情報セキュリティアナリスト:31%増
産業構造やビジネスモデルに転換が起これば、従業員に求められるスキルが変化することは必然です。定型的・反復的業務のように重要な判断を必要としない業務ほどAIやロボットに代替できるだけに、従業員は自身の付加価値を見つけるためのリスキリングが必要です。
参考: World Economic Forum|The Future of Jobs Report 2020
参考:World Economic Forum|The Future of Jobs Report 2023
リスキリングによる5つのメリット
リスキリングによるメリットは下記の5項目です。
生産性の向上につながる
リスキリングによって生産性の向上につながります。例えばリスキリングでデジタル化における知識・技術を身につければ、データ入力業務に対してRPAやAIツールが適していることや、代替の実現が可能です。デジタル技術への切り替えによってデータ入力における品質・作業速度を一定に保つことができるため、従来以上の生産性につながります。
人材不足の解消や人材過剰への対策につながる
リスキリングの導入によって人材不足の解消や人材過剰への対策につながります。三菱総合研究所の調査では、事務職をはじめとする生産職に数100万人規模の人材過剰が生じる一方、デジタル人材など専門・技術職はそれ以上に不足すると予想しています。デジタルツール導入に向けてDX人材を採用・育成しようと思っても実用化までに時間が掛かるでしょう。
企業がリスキリングを導入することで必要な人材を確保できると共に、現在活躍する生産職員に付加価値を与え、新たな部署で活躍の機会を提供できることは大きなメリットです。
採用コストの削減に期待できる
DX人材の需要は企業のデジタル化が進むことでさらに増える一方、少子化によって人口不足が進んでいるために供給する人材そのものが減ると考えられています。その結果、DX人材の採用コストが大きく増えることになります。
リスキリングを導入すればデジタル技術に関するスキルを身につけた従業員を育成・配置できるため、採用コストの削減につながります。従業員に新たな価値や役割を与えることで、人材過剰に向けた対策にもつながるでしょう。
自律型人材の育成・確保につながる
リスキリングによって従業員1人ひとりのキャリア形成に対する意欲向上にもつながります。キャリア形成を見据えた従業員であれば、リスキリングを通じて業務改善を自分ごとととらえ、積極的に発言・行動できるようになるでしょう。リスキリングは単なる学び直しではなく、組織全体の自律的な行動を促す環境構築や変革の手段としても有効です。
DX推進が加速する
リスキリングによってDX推進が加速する点もメリットです。DX推進にあたってはデジタル人材が欠かせませんが、人口不足が影響し確保が難しくなっています。リスキリングの導入を通じてDX知識・技術を従業員が身につけられれば、DXに対する意識改革となり、推進に向けた取り組みそのものを後押しすることにつながります。
DX人材の確保・育成の困難を解決する方法としてリスキリングは注目を集めており、積極的に導入する企業はDXにおける困難を解消させながら企業力強化を図ることができるでしょう。
リスキリングを導入|社内で取り組むべき7つのステップ
リスキリングを社内導入する際は以下7つのステップを参考にしてみましょう。
- 自社の現状や従業員のスキルを可視化する
- リスキリングのテーマを決める
- 報酬・評価制度を充実させる
- 学習環境を設ける
- メンター制度を導入する
- 業務で実践する
- リスキリング文化が醸成される
ここからは各ステップの詳細について解説します。
1.自社の現状や従業員のスキルを可視化する
まずは自社の現状や従業員のスキルを可視化しましょう。現状や従業員スキルを可視化することで、どの部署・業務に従業員が不足しているかに加えて、どの従業員の何のスキルによって充足できるのかを明らかにできます。
時代の変化に対応するスキルが不足している従業員を把握することで、リスキリングの対象を特定することができます。これは、従業員に付加価値を与える機会の提供に留まらず、持続的な企業価値の創造にもつながります。
2.リスキリングのテーマを決める
DXなどを通じて変革を要する部署・業務、そしてリスキリングを必要とする従業員の可視化が終わった後は、リスキリングのテーマを決めます。一般的に、従業員スキルの向上にはeラーニングや座学による研修に限らず、従業員同士での勉強会も有効です。
最近ではGoogle Cloudがビジネスリーダーやマネージャー向けに「Google Cloud Generative AI Leader」という新たな資格を発表し、従来は技術者向けに偏っていたAI学習の対象を非技術系にまで広げ、学習プログラムを無料提供しています。
DX推進にあたっては生成AIをはじめとしたAI技術の利活用も増えていることから、自社変革に沿った資格取得をテーマに決めるのも方法のひとつです。
参考:Google Cloud|Generative AI Leader | Learn
3.報酬・評価制度を充実させる
リスキリングの欠点として、学び直しを要する従業員の時間的・精神的負担が大きい部分が挙げられます。この部分を単に「きつい」「辛い」と思わせてしまえば、時代の変化に対応することが難しくなります。そのため、リスキリングに取り組む従業員に対しては意欲向上を目的に、報酬・評価制度を設ける・充実させる必要があります。
リスキリングによる成果を客観的に評価できる仕組みを構築することで、他従業員に必要性を広めるきっかけになり、リスキリングの継続性確保にもつながります。
4.学習環境を設ける
リスキリングを成功させるためには、リスキリングを行う従業員が集中できる環境に整える必要があります。社内にリスキリング専用のブースを設置する、会議室の使用を許可する、リモートワークを認めるなどの工夫によって、従業員1人ひとりの取り組みやすさに順応しながら環境を構築することができます。
5.メンター制度を導入する
「メンター」とは、指導者や助言者という意味で、ビジネスシーンでは、新入社員や若手社員の育成や精神的なサポートを行う先輩社員を指します。メンター制度の導入によって、リスキリングに取り組む従業員が直面するトラブルや問題を迅速に解決できます。
経験豊かなメンターのサポートがあることで、従業員は不安なく新しいスキル習得に励むことができ、学習・業務の質を向上させることができます。
6.業務で実践する
リスキリングを通じて新たにスキルを身につけた後は、現場経験を積むため、業務で実践することが大切です。スキルを現場・業務で活かすことで、応用力を養うことへとつながるほか、さらなる知識の必要性について従業員1人ひとりが前向きに考え、取り組むことができます。
7.リスキリング文化が醸成される
業務に役立ったスキルを他部署・従業員にシェアするような環境が構築されれば、他従業員はリスキリングについて理解を深め、自分ごととして捉えるようになります。リスキリングの重要性が全社に広がればリスキリング文化が醸成されます。学び続けることが大切であるという意識改革につながり、企業全体でのスキルレベルの向上が期待できるでしょう。
リスキリング導入における注意点
リスキリング導入にあたっては、下記5つの注意点に留意する必要があります。
コストが掛かる
リスキリングの実施にあたってはコストがかかる点に注意しましょう。特にDXを見据えたリスキリングであれば内製では限界があり、外部リソースに頼る必要があります。変化する社会に備えたリスキリングは今では欠かせない項目であるため、必要とする人材要件やスキル取得までにどの程度の費用が掛かるのかについては、きちんと確認した上で検討することが大切です。
取り組みやすい環境を用意する
リスキリングを導入するには、従業員が集中して学習できる環境確保が欠かせません。そのため、学習スペース・ブースの設置をはじめリモートワークの導入など、リスキリングに取り組む従業員の要望に応えられるような環境について検討・整備する必要もあります。
社員の自発性を尊重する
リスキリングをスタートする際は強制ではなく、挙手制にするといった従業員の自発性を尊重する必要もあります。普段の業務に加えて学習時間を確保することは、肉体的・精神的な疲労が掛かることを想定しなければなりません。
特にこれまでデジタル技術について学んだことのない従業員であれば、「スキルを身につけたい」「新たなスキルが必要」「自分に付加価値を与えたい」といった意思がなければリスキリングは成功しないでしょう。リスキリングの必要性について丁寧に全社に説明し、自発的な従業員から徐々にはじめ醸成していくことをおすすめします。
社外リソースの利用検討
さまざまな理由を考慮し、リスキリングを導入するのであれば、目的に応じて社外リソースの利用も検討しましょう。特にデジタル技術のリスキリングを行うのであれば、自社リソースでは限界があることも多いです。メンター制度を導入する場合であれば、メンターを探す必要もあるでしょう。
自社で対応できることは社内リソースで、難しい部分は社外リソースを頼るなど、状況をみながら効率的にリスキリングを進めていきましょう。
目標を設定し評価測定を実施する
リスキリングの必要性を上長や上層部が訴えても、従業員の心に届かなければ意味がありません。そのため、リスキリングを導入する際には、どのような目標があり、なぜ必要であるかを共有することが大切です。目標を設定したあとは、どのくらいの効果が実務で出ているかを従業員と共に振り返られるよう、評価測定を実施することで意欲向上につながります。
リスキリングの導入事例
さまざまな企業で導入が進むリスキリングですが、ここからは企業事例について解説します。
参考:経済産業省|テーマ:省力化投資の効果を高める現場社員のリスキリングの兆し
参考:経済産業省|多様な人材活躍/働きやすい 中小企業事例集
石川樹脂工業株式会社
石川県にある石川樹脂工業株式会社では社会全体のデジタル人材不足に備えるため、現場従業員のリスキリングを実施し、労働生産性の改善や経営改革の断行を実現しました。事前に経営陣から目的・ゴール・道筋が共有されていたことから、現場からリスキリングに対する抵抗はなく、スムーズかつ前向きに踏み出すことに成功しています。
リスキリングによって、現場で使用するロボットに対する質問や相談が円滑に行える環境が構築され、チームでの議論もできるようになったことで生産性も向上しています。
株式会社樋口製作所
岐阜県の株式会社樋口製作所では、リスキリングを通じて生産性の向上や一部システムを外販するなどの事業領域拡大に成功しています。同社ではDXや省力化投資を進めるなかで現場の困りごとをヒアリングし、必要なシステムを見極めることからスタートしました。
並行してプログラミングなどをリスキリングで習得し、現場とシステム開発の橋渡しを行うブリッジエンジニアの育成に成功させ、今では外部リソースと連携しながら受注から発注までの情報を社内全社で共有できるプラットフォームなどを自社開発しています。
日本ガイシ株式会社
愛知県の日本ガイシ株式会社ではDXを推進するため、現在の業務を見直す意識改革やその手段としてデジタル技術を学ぶリスキリングを行いました。その際、断層別教育として「DXビギナー」「DXサポーター」「DXリーダー」「DXエキスパート」の4層に区分し、断層別に育成しました。
リスキリングなどを通じてデータ・デジタル技術の活用が進み、製造現場では設備の稼働率や製造条件と品質との関連性を数値で見える化できるようになり、生産性の向上につなげています。
株式会社アイペック
富山県の株式会社アイペックでは毎週水曜日に従業員の自習を推奨する自己啓発支援制度を導入しました。その結果、資格受験数が従来の5倍に増え合格率も10%以上向上し、さらには事業部門の従業員も技能資格を取得し、多能工化に成功しています。
三井住友フィナンシャルグループ
三井住友フィナンシャルグループでは、2021年からグループ5万人以上の従業員に向けた「デジタル変革プログラム」を開始しました。デジタルに対する従業員の意識改革・知識の習得・実践という3構造で自律的な学習者の育成へとつなげています。
現在では三井住友銀行から徐々にグループ企業に醸成されており、今後はSMBCグループ内各社の参加を見越した各グループの企業課題に焦点を充てたコンテンツ作りを検討しています。
参考:DX-link(ディークロスリンク)- 三井住友フィナンシャルグループ|お客さまと共にDXを加速させていく。SMBCグループ全従業員対象のデジタル変革プログラム「デジタルユニバーシティ」が目指すもの
参考:Udemy Business|学びで新たな価値創造へ——SMBCグループが取り組む「お客さま本位」のデジタル人材育成
まとめ
リスキリングは職業能力の再開発・再教育のことで、現在多くの企業では、人口減少に対応するための人材育成や産業構造の転換を見据えて導入されています。
リスキリングの導入では、社内のリソースだけでは対応が難しい分野や専門的な技術に関して、外部の支援を受けることも重要です。特に、RPAやAIのような専門性の高い領域では、実務と結びついた学びが求められます。
「Robo Runner」では、RPA・AIに精通したプロ人材が伴走しながら、実務に直結するスキルの習得を支援します。座学だけで終わらない、実際の業務の効率化をサポートしながら学ぶことによって、組織のリスキリング推進を強力にサポートします。
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